理不尽へ、愛を込めて

こんばんは、救急科医師の久津(くづ)です。

女子高生が、夜中に突然叫びだした、という理由で救急車で運び込まれた。救急車に乗せるのにも一苦労だったという。救急隊から受け入れ要請がきたとき、断ろうかとも思った。うちに精神科病棟はない。そして女子高生が精神科疾患であることは明らかであるようだった。

しかしこの手の精神科疾患がらみの救急要請は受け入れ先に難渋するのが常である。精神科医は9時-5時で働く、医者の中でもっとも優雅な人々である。夜に当直している物好きはほとんどいない。

そして久津(くづ)は、救急科医になりたくてなったのではない。他の専門科が「これはうちの専門じゃないから~」といって診察を断るのを見て、こんなダサい人間にはなりたくない、という消去法的な理由でなったクチである。救急科医とは、なんでも受け入れる、そこだけに専門性があるのだ。久津は女子高生を受け入れることにした。

 

さて、屈強な救急隊に連れてこられた女子高生は、手負いの獣のようにうずくまり、叫ぶどころか身じろぎもしなかった。血圧すらはからせてくれない。Dr.ヤブは女子高生と同じ高さにしゃがみ、優しく話しかけた。答えない。再び話しかけた。答えない。それでも話しかけ続けた。

どこからだろう。久津の言葉には、「面倒な患者を受け入れてやった」という尊大な気持ちと、いっこうに反応しない女子高生への苛立ちが、微妙にブレンドされていった。

女子高生の右手、固くポケットにしまわれていた。少し変な姿勢だな、と思ったが気にも留めていなかった。近づきすぎた。

うがぁぁっぁあ!女子高生は突進し、右手を振った。久津は左手を前に出した。そこに鈍い感触がした。手袋だけ、裂けた。女子高生の右手には、刃の出ていないカッターがあった。

 

その後のことは展開が早すぎてあまり覚えていない。とにかく警察が彼女を連れ去った。自傷・他害の恐れのある患者は精神科病院へ強制入院となる。通常であれば夜間の精神科病院への入院は非常に狭き門なのだが、皮肉にも女子高生はカッターでその道を切り開いてしまった。

久津は理不尽だなぁ、と思った。それから理不尽って何だろう、と思った。左手はジンジンと必要以上に痛んだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。