今際の時

こんばんは、救急科医師の久津(くづ)です。

60代の末期肺癌の男性が、息が苦しくなった、といって救急車で運ばれてきた。意識は朦朧としている。肺は癌からにじみ出た液体で埋め尽くされていた。今際の時である。

 

このような場合、心臓や呼吸が止まった場合、延命処置を行うかどうかの意思決定が大事になる。

この男性のような末期癌の患者に延命措置を行っても、よくて植物状態になるだけである。とても勧められたものではない。ところが日本の保険診療のシステム上、延命措置を希望しない、と宣言した場合以外は基本的に延命措置をすることが通例だ。

久津はこの非建設的な通例を激しく憎む。それ故、本人が意思表示をできない状態の場合は、片っ端から親戚に電話をかけまくり、延命措置を行わないよう同意に漕ぎ着ける。

男性は天涯孤独との触れ込みであったが、患者の財布を漁り、生活保護の担当者の名前を突き止め、そこから25年会っていない実の娘の連絡先を聞き出し、なんとか連絡をつけた。

 

男性は25年前度々家族に暴力をふるい、ギャンブルのため金を失い、挙句の果に外に女を作って家から飛び出たのだという。

それでも娘は2つ隣の県から2時間かけてわざわざ会いに来るという。その口調はどこか淡々としていた。

 

娘がくると、男性は目を真っ赤にして、息も絶え絶えクズなりの言い訳、というより娘を攻める言葉を紡ぎ始めた。

男性「俺はっ・・・俺なりにっ・・・お前らをっ・・・育てたっ・・・男としてっ・・・それだけはっ・・・なのにお前らはっ・・・俺を捨ててっ・・・」

娘は反論するでもなく、父の手を握りじっと聞いていた。

 

男性は数時間後に死んだ。娘がどんな気持ちだったかは最後まで分からなかった。ただ延命措置は行わない、という娘の意思だけはしっかりと遵守した。娘は死亡確認から10分と待たずに、千葉へ帰っていった。

 

分からない。まるで分からない。この今際の時における両者の心情が。

区役所の担当者と2人で見送る遺体が、ひどく寒々しく目に映った。

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