私ね、あなたと結婚してとーっても幸せだった。

こんばんは、救急科医師の久津(くづ)です。

80代のおじいちゃんが、息が苦しくなった、といって救急車で運ばれてきた。もともと肺癌でうまく呼吸ができず、気管切開といって喉に穴を開ける手術を受けていた。そこから酸素を送り込むが呼吸困難が改善しない。

そうこうしているうちに反応がなくなり、脈が触れなくなった。即座に心臓マッサージを開始し、強心薬を注射する。数分後なんとか心臓が脈打ち始める。意識も改善する。

だがその後再び心停止してしまい、蘇生と心停止を繰り返した。もともと酸素が少ない状態に脳が慣れているためか、このような状態にあっても、心臓が脈打っているときには混濁しながらも意識が戻っていた。

 

おそらく強心薬の効果があるうちは心臓も脈打つが、その効果が切れると止まってしまうのだろう。だんだんと効きも悪くなっていた。これ以上の蘇生は難しいだろう。

家族と相談し、これ以上の蘇生行為は行わないことにした。せっかく意識があるうちに、おじいちゃんに会ってもらうことに。

あなたー。わかる?

おばあちゃん

(こくこく)

おじいちゃん

さえ子も来てるわよー、幸太郎ももうすぐ来るって。

おばあちゃん

(こくこく)

おじいちゃん

みさえさんと健司君も翔太君もくるってー、よかったわねぇ。みーんなじいじ、じいじ、って言って来てくれるよ。

おばあちゃん

(こくこく)

おじいちゃん


妻が積極的に話しかけ、おじいちゃんは声こそ出せないものの視線を合わせ頷いていた。ほのぼのとした会話が続くが、おじいさんの反応が段々と薄くなっていく。

あなたー?眠くなっちゃったのー?もうちょっとお話しましょうよ。

おばあちゃん

(・・・)

おじいちゃん

眠いのー?私寂しくなっちゃうわー。

おばあちゃん

(・・・)

おじいちゃん

もうすぐ結婚55年ねぇ。ありがと。私ね、あなたと結婚してとーっても幸せだった。

おばあちゃん

(・・・)

おじいちゃん

私と結婚してくれて、ありがと。

おばあちゃん

(こく)

おじいちゃん

 

この最後の頷きのあと、おじいちゃんは一切反応しなくなり、ほどなくして心臓も完全に動きを止めた。

久津は涙声になってしまいそうで、なかなか死亡確認ができなかった。こんな幸せな死に方があるんだな。

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