薄っぺらなDNAR、そして人間栽培へ

こんばんは、救急科医師の久津(くづ)です。

御年92歳のご老体が、入院中に突如心臓が止まったとのことで呼び出された。担当する患者ではなかったが、院内で患者が急変するととりあえず勤務中の救急科医は呼び出され、蘇生を行うのだ。

駆けつけると、枯れ木のような体が、看護師に心臓マッサージされ揺れていた。さて、本来はここで人工呼吸器を装着し、強心剤を注射するところだ。心臓は結構しぶとい臓器なので、それで再び動き出すに違いない。

しかし問題は頭だ。脳みそは大量に酸素と栄養を常に必要とする多喰らいの臓器である。ひとたび心臓が止まってその供給が途絶えると、あっという間に崩壊する。若い人ならば余力があるので、意識を取り戻すことがあるが、92歳の老人がそうなるのはラクダが針の穴を通るよりも難しい。

待っているのは植物人間、点滴だけでただ心臓を動かし続ける人間栽培状態である。もちろんそんなことは誰も幸せにならないので、ご高齢の患者の家族には、あらかじめ「心臓が止まっても蘇生行為はしませんよ」という同意を取っておく。これがDNAR(Do Not Attempt Resuscitation)だ。

 

この患者もDNARが確認されていたので、久津は家族に蘇生行為を中止してお看取りする旨を伝えようとした。しかしそこからが大変だった。

救急科医 くづ

心臓マッサージや人工呼吸器は望まれないとのことですので、このままお看取りいたしますね。
先生!どうにか、なんとか助けてあげてください!

オバサン

救急科医 くづ

心臓マッサージや人工呼吸器はつけないというお話になっているはずですが・・・
そうなんです、主治医の先生が、それをしたらこの年齢の人はもう意識が戻らないからやらない方がいいって。

オバサン

救急科医 くづ

それはその通りでしょうね。
だから先生、なんとか助けてください!

オバサン

救急科医 くづ

残念ながら心臓マッサージや人工呼吸器なしには助ける方法はありません。
じゃあしてください!

オバサン

救急科医 くづ

よろしいのですか?92歳という年齢で蘇生に成功しても意識が戻る可能性はほとんどありませんよ。そして心臓マッサージや人工呼吸器というのは大変つらい処置です。お父様をいたずらに苦しめる結果になりかねません。
可能性はゼロじゃないんでしょう?元気になるかもしれないんですよね?!

オバサン

救急科医 くづ

ゼロではないです。ただこの状態からこの年齢で元通りになった人はおそらく日本に一人もいないでしょう。ですから日本で一番のラッキーが起こらない限り元気にはならないです。
ならお願いします!特別な事情があって・・・ほんとに本当に大事な父なんです。まだ全然親孝行できていないんです。100まで生きるって本人も前に言っていました。

オバサン

救急科医 くづ

この状況で蘇生をするのはむしろ親不孝かもしれませんよ。お父様はただ心臓を動かし続ける存在になる。無駄に苦しめるだけかもしれない。
先生!なんとか!なんとかお願いします!

オバサン

 

話は平行線になってしまった。結局人工呼吸器を装着して、強心剤を使い、心臓だけは動き出した。ICUに入室し、めでたく人間栽培が始まった。次にまた心臓が止まったらどうするのだろう。100歳になるまで8年間心臓マッサージをし続けるのか。

DNARは形式ばかりの同意であってはいけない。人はいつか死ぬ、その当たり前の事実を患者の家族に教育するものでなければならない。高齢者がなんてことはない肺炎で入院をし始めたら、それはもうそろそろ寿命、ということなのだ。

その覚悟なしに突然死に直面すれば、家族は慌てふためきまともな決断などできない。そして蘇生をせがみ、後々になって、体中に管をつながれた痛々しい患者を見て絶望する。人はいつか死ぬ。こんな当たり前のことも教えなければ想像すらできない現代人もどうかとは思うが。

4 Comments

K.onigokko

いつもためになる内容ありがとうございます。介護職をしておりますが、若いワーカー達の死へのあまりにもファンタジーな感覚に少し不安を感じています。経験の長いワーカーは「そろそろ…」とある程度覚悟を決めてお世話をしますが、若いワーカー達は「死ぬなんてありえない!」とまるで不老不死かのような発言。老衰で天命をまっとうした方にさえ「自分がもっと介護をしていれば死なずにすんだのに」とうつ状態にさえなります。これからの医療、介護の行く末が心配ですね。

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kuzu-doctor

やはり自宅での看取りが少なくなったからでしょうね。
社会が死を遠ざけてしまった。
死ぬことを考えながら生きると、よりよく言いられると思うのだけれども。

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ちびおちゃん

今日初めてブログを見つけて、思わず読み漁ってしまいました。
どの記事にも共感しましたが、特にこの記事は常日頃感じている疑問で、日本中の人に考えてもらいたいと思いました。多くの人がその人らしい死を迎えられることを願っています。

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kuzu-doctor

ありがとうございます。
どのように死ぬか。
今の日本では死が遠ざけられており、死ぬ直前まで本人の意思が表明されていないことがほとんどです。
だからこそ社会が人の死のありようを決めていかなければならない。
そして社会の方向性を決めつけるのは法律ではなく世論です。

くだらないブログですが何かのためになればいいのですが。
これからもサブリミナル的に真面目な記事を挟んでいきます( ̄ー ̄)

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