ばかばかばかばかばかの癌告知

こんばんは、救急科医師の久津(くづ)です。

本当に大変な勤務だった。脳出血が4件、心筋梗塞が2件、致死的な不整脈が2件。いつもの3倍のペースで救急外来に患者が来て、どれも重症だった。40代のベテラン看護師の佐々木さんが、手に持っていたガーゼをいきなり地面に投げつけて言い放つ。

今日はな・ん・だっ・て!こんなに忙しいのよっっ!

看護師 佐々木


佐々木さんは温和かつ優秀な人で、普段はどんなに大変でも愚痴一つ言わない。その佐々木さんがこの荒れようである。

 

そんななか70歳の女性が、年末から食べ物が胸につかえるようになった、今日は水を飲んでも吐いてしまう、といって救急外来にやってきた。

別に吐き気があるわけではない。食欲はあるのだが、食べると吐いてしまうのだ。女性は、いかにもスナックのママ、といった見た目で、タバコもお酒もバリバリだった。

久津は疲弊しきっていたが、診断はすぐにピンときた。タバコにお酒、いずれも食道癌のリスクだ。CTスキャンを撮影すると、久津の推測が正しかったことがただちに証明された。

そこまではよかった。そのあとが酷かった。そのとき久津にはまったく他人を思いやる心の余裕がなかったのだ。

救急科医 くづ

なにやら食道が狭くなっています。それで食べ物が通過できなくて、吐いてしまったのかもしれません。食道癌かもしれません。入院してよく検査しましょう。

そこから、まったく患者は目を合わせなくなった。

え、今日入院なんですか?それは無理です。私帰ります。

マダム

救急科医 くづ

や、しかし・・・水も飲めないんですよね?
飲めないのはさっきだけです。その前までは飲めました。わたし帰ります。

マダム

救急科医 くづ

そうなんですね・・・確かに水さえ飲めれば緊急で入院する必要はないですが・・・じゃあ本当に飲めるかどうかちょっと試してみましょう。
大丈夫です。ゆっくりなら飲めますから。今日は帰っていいですか?

マダム

救急科医 くづ

や、でも、お水も飲めなくちゃ本当に脱水ですぐに倒れてしまいますよ?
大丈夫です、飲めますから。

マダム


ここですべてを悟った。彼女は固く心を閉ざしてしまった。あたりまえだ。なんとなく病院に行って、いきなり初対面の人間に癌だと告げられたのだ。なにもかも認めたくなくて、逃げたくなるのは当然だ。

では週明けに必ず当院の消化器内科を受診してください。予約はとっておきますから。

わかりました、という彼女の返答は薄っぺらだった。本当に来るだろうか。逃げ出してしまうんじゃないだろうか。彼女は足早に会計受付へ去っていった。

 

と思ったら先ほど発狂していたベテラン看護師の佐々木さんが近づいて行って、優しいトーンで患者に話しかけ始めた。最初こそ女性はたじろいだが、次第に落ち着き、それが遠くから久津の目にも見てとれた。

どうやら次の外来には来てくれそうである。まったく、佐々木さんにはかなわない。今日は珍しくイライラしていたが、それでも困っている人を見れば患者・スタッフに関わらず最高のパフォーマンスで介入してくる。

今日、久津はクズだった。でもチームとしてはクズじゃなかった。それだけでも良しとしよう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。